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風に乗って、面白い話題が飛んできます。〜色んな所〜色んな人から。はじめ時々〜後しばしば。

◎504 ヨーロッパを感じるコンサート (遅まきながら 最近 1)(2019/05/10)

♪ 19/04/2019 : ベヒシュタインサロン汐留 ♪
<JOIE DE VIVRE>  Yves Henry, piano
 
「ショパン時代のサロンに原点を求めて、華麗なアンティークのピアノを囲み、少人数で至近距離から美しい音楽に浸るという贅沢な企画」のコンサートに招かれた。コンサートのテーマは <JOIE DE VIVRE> (生きる歓び)。

♪ ショパン<華麗なる大円舞曲> op.18 から始まり、シューベルト<楽興の時>、リスト<愛の夢>、シューマン<謝肉祭より>を経て、ショパン<マズルカ> op.33 no.2、シューマン<ロマンス op.28-2>、ドビュッシー<月の光>、<喜びの島>、後半は、ショパン<前奏曲よりno.1/4/16 >、ラヴェル<道化師の朝の歌>、サティ<ジムノペティ>、イヴ・アンリ<ノアンの蒼い旋律>、華やかなトリルで始まるショパンの技巧的な<ワルツ>op.42・・・。

「今夜は約100年前の美しいベヒシュタインピアノで演奏できることを嬉しく思います。私たちは先日ノートルダム大聖堂という人類の偉大な遺産を損失するという、ひどい不幸に見舞われました。多くの人が悲しんでいますが、そういう時だからこそ、美しい音楽で幸せな心を取り戻したいと思います。[・・・] 皆様と音楽の魔法のなかに浸っていきたいと願います。」・・・

イヴ・アンリ先生の演奏は、エレガントの極致!まさに"生きる歓び"と"音楽への深い愛"が溢れだす演奏!コンサートの主催者秋山エマさんの依頼で作曲され、2018年4月サントリーホールで初演、献呈された「ノアンの蒼い旋律」<La note bleue a Nohant >、をまた聴くことができて幸せだった。幼い頃からショパン・シューマン・フォーレ・ドビュッシー・ラヴェル・サティ達たちを自然に聞いて、習って、弾いてこられた末に結晶した作品にいたく感銘しました。

本物のすてきなサロン・コンサートを主催されたショパン・センター代表、
Emma and Takahide Akiyama さま、 Merci infiniment !!!


♪♪ 22/04/2019 : ベヒシュタインサロン汐留 ♪ ♪
<ノアンフェスティバル ショパン イン ジャパン ピアノコンクール 入賞者記念コンサート>

ユーロピアノ株式会社 (現ベヒシュタイン・ジャパン社)とフランスのノアンフェスティバル ショパン共催の第2回ピアノコンクール (2018年4月) で、6つの部門別に第1位から第3位を受賞された方たちによる演奏会。

有志の9人のピアニストが演奏。コンクールはショパン作品の演奏に限られているが、この日の演奏会では各人が好みのプログラムでのびやかに演奏、審査委員長のイヴ・アンリ先生は9人のそれぞれ音楽性豊かな演奏に最前列から惜しみない拍手を送られていた。最後に先生の賛助出演の演奏も加わり、聴衆は、ベヒシュタインピアノの多彩な音色にうっとり。会場全体を覆った暖かで知的な雰囲気は「ノアンフェスティバル」と似かよっていて嬉しいでした!

*ユニークなこのコンクールの第3回目は、2020年4月に開催されます。

* 要項等問い合わせ先:
 (株)ベヒシュタイン・ジャパン本社ショールーム(水曜定休)
 TEL : 03-3305-1211
E-mail : competition@euro-piano.co.jp
担当:佐々木・白川


◎503 Au milieu du chemin de la vie … 人生の道の半ばにて (10)(2019/04/10)

09/04/2019
《ああ、20年前にも、私は、いずれはそこに達しなければならないのを知ってはいた。私はそれを知ってはいたのだが、心に感じてはいなかった。当時の私は、人生の道のなかばを、シカゴへの道ほどにしか心に留めていなかった・・・》アナトール・フランスは、ちようど人生の半ばに達した41歳の時に、過去を振り返りこう述懐する。
 
 リハビリ室ではいつも数人の先生が担当の患者に接しておられる。5年前深い絶望感を抱えてここに来た私が案内された治療台で、一人の女性が治療を受けておられるのが見えた。ダラリ足がほんの少しずつ回復し、ついに普通の靴で歩けるようになった日のことを思い出し涙がこぼれた。どんな症状か知る由もないが、きっと快くなられる!
 すべての患者に対して、その人に合った治療を暖かく真摯に丁寧に施しておられる若い先生方は、もしかすると私たちの姿を通して、ご自身の人生の半ばはおろか晩年をも知っているだけでなく、心に感じておられるのだと思う。あの環境で読んだ「献辞」の一節々々が、今もしみじみと胸に響く。 

♪人生の道の半ばにて:アナトール・フランス/佐藤房吉/評論社
♪♪ありがとうございました!(おわり)


 

◎502 Au milieu du chemin de la vie … 人生の道の半ばにて (2019/04/09)

 ♪♪♪ 幸せな出会いS ♪♪♪
 さてリハビリ室には、様々な容態の方がこられる。車椅子を押してもらって、自分で上手に運転して、ノルディックポールや杖を持って、用具なしに手ぶらで歩いて・・・。リハビリのバイクを漕ぎながら、脳溢血の後遺症で右半身不随になられたという方と何度か話した。言葉も失われたが、何度かの入院の成果で楽しくお喋りができるようになられたそうだ。「まったく元どおりになれるとは思っていない。ただ現状維持だけを望んでいる。」同感!誰もが老いていくのだから、現状が維持できるということはすなわち最高の成果!
 私は5年前東京の病院で右膝の裏にできた小さな良性腫瘍をとってもらった。手術は成功と聞いて喜んだのに、麻酔から醒めた時右足先が麻痺し、だらっと下がったままであることに気づいた。神経が損傷された結果である。翌日プラスチックの補助器具を買わされ、それを履いて歩いて帰った。痛みがひどくリハビリ治療はいつからかと尋ねたら、「リハビリの必要はありません。3年後、5年後に治るケースもあります」とそっけない返事。
 こんなチャチな装具で一生歩くのは嫌だと必死で探し、銀座8丁目の「フリーゲート義肢装具研究所」を訪ねた。鯨岡久士社長はじめスタッフの丁寧な対応と優秀な靴作りで1ヶ月後に、装具の機能を靴の中に備え隠した格好いいブーツが完成。あまり疲れず普通に歩けることに涙。
 手術後すぐにキャンセルせざるを得なかったフランス、ノアン音楽祭に行く勇気が出た。パリでは友人が近所のジェネラル医の予約を取ってくれ、その医師に診てもらい、その紹介でキネ(理学療法士)の治療を数回受けることができた。こういう素晴らしい先生が日本にもおられるはずだと思いながら帰国後、鯨岡氏の紹介で整形外科医の矢野英雄先生に診察をしていただくことができた。やはりリハビリは手術直後から遅くとも3ヶ月以内に始めるべきだったことを知った。
 3ヶ月を少し越えた時期だったが、すぐにここの整形外科に入院を許され、理学療法と作業療法の先生の根気強い治療が始まった。パリのジェローム先生は日本にもいらした!3週間余が過ぎた頃から、足の先に力がついて麻痺が軽減し、ダラリ足先を少しずつ上げていられる時間が増えてきた。退院の日が近づいたある日、勧められるままに恐る恐る普通の靴を履いてみた。歩ける!あの日のあの瞬間を忘れることはできない。
 損傷した神経はもとに戻ることはなく、当然のことながら後遺症は残る。その上誰にでもおきる加齢ゆえのもろもろの現象は、弱いところから派生しやすいようで、腰が痛くなったり、右腕が後ろへ回せなくなったりと起こってくる。でもここに来ると、現状維持プラスだんだん良くなっていくんだなあ。あの不運が起こらなければ、好きだった登山もスキーも山を選んで続けていると思う。けれどもその後の幸せな出会いも生まれなかったと考えると、不運転じてありがとうの心境になることすらあるこの頃・・・。



◎501 Au milieu du chemin de la vie … 人生の道の半ばにて (2019/04/01)
♪♪♪ 日本のバーデン・バーデン ♪♪♪
 鯉が泳ぐ池 (昨年はカルガモの親子が住みついたという)と、丸いテーブルと椅子やベンチのある可愛らしい庭園、その奥のレンガ造りの建物に温泉浴室がある。温泉につかって窓を開けると、レンガの壁を伝って滝のように水が流れ落ち、地面の緑の草を湿らせる。ありがたいほっこりタイム!外から中から、3階や4階からこのレンガの建物群の風景を見るたびに、ヨーロッパの雰囲気を感じていた。退院が近づいたある日、OTの先生から、庭園にある銅像が、バーデンの温泉施設を理想として、この病院を創設された中村先生の銅像であることを聞いた。
 そういえば廊下の、部屋などの方向を示す表示板に「バーデン→」という記載があり、Baden(バーデン)って一体何だろうと考えたことがあったが忘れていた。バーデン= ドイツ語で浴場の意味でした!行ったことはないけれど、バーデン・バーデンは、フランスとの国境に近いドイツの有名な保養地。19世紀にはクアハウス (温泉浴場) やクアガルデン (温泉庭園) が整えられ、ブラームス、クララ・シューマン、ヨハン・シュトラウスが保養のために訪れていたらしい。フランス人の指揮者、ピエール・ブゥレーズは、2016年1月、この地の自宅で90歳の生涯を閉じられたことを思いだした。

 昨年、正面玄関の横に作られた広いバラ園もまさにヨーロッパ!たくさんの種類のバラが植えられ、入り口のスタート地点からゴールまで、要所々々に距離が記され、バラの花を見ながら歩行のトレーニングができるように道が整備されている。冬だから花は咲いていないが、ブルー・ローズ、しのぶれど、そしてなぜだか、チャイコフスキーなんていう名札を見ながら歩くのは楽しかった。病室の窓から、杖をついてゆっくりと何周も歩いておられる男性、バラの剪定と世話をなさりに来られる花屋さんの姿を毎朝拝んだ。5月ごろ花盛りのバラ園を想像し、バーデン理想郷への思いが、今もしっかり受け継がれているのだと思った。(つづく)



◎500 Au milieu du chemin de la vie … 人生の道の半ばにて (2019/03/20)

05/03/2019 ♪♪♪ 南アルプスと富士山遠望自主トレ最終回 ♪♪♪
 1月7日から来ているここの夜そして朝は早い。9時消灯、朝6時廊下に明かりが灯る。待ってました!5時に目が覚め、真っ暗ベッドで静かにできるストレッチ体操の種もとっくに尽きた。手探りでパジャマからトレーナーに着替えることにも慣れた。隣のベッドから起きた気配がすると、即部屋の電気をつけて、おはようございます!
 1月16日6時45分、暗い空が薄いピンク色に染まり始めるころ、こっそり部屋を出て、南アルプスの山々がぐるっと眺められる隠れた場所で自主トレをすることを思いついた。7時30分、山と山の間から太陽が顔を出した。数分後には、目をあけてられないくらい眩しい光に変わり、真っ青な空が広がった。晴れた日にはアルプスの高峰の後ろに富士山がちょこんと顔をだす。  
 1月28日、その富士山の頭にぴったりサイズの雲が帽子のように浮いていた。富士山の典型的絵柄・・・。なんとも言えぬ不思議な美しさで、翌日からカメラを持参したが、ついに最終日の今日まであの雲は現れなかった。残念!ラッキー・チャンスは、何度もめぐってくるものではない。一瞬を逃してはならないのだった!
 2月4日雨、7日、起きると外が一面ねずみ色。雪?霧?洗面所でおじさんが「ガスです」と言われた。懐かしい言葉、山での呼称。慌てて隠れ場所へ行くが体操は滑るとヤバく中止して「献辞」朗読大会。
 14日頃になると7時25分にはお日様はかなり上方でギラギラ。
 19日夕方から明け方は、今年一番 (2月にしてもう確定的!) のスーパームーンの予報だったが雨。21日夜と22日早朝にはまん丸できれいなお月様。
 28日と3月1日は、雨で中止。
 3月5日6時15分から最後の自主トレ。ゆっくりだが、走ったり、スキップができたり、片足立ちが長く続いたり、5年前の不運な成り行きでストップした右足の機能が、だんだん目に見えて回復してきたことを実感した。一方、「献辞」暗唱の方は、もともと暗譜下手の私の予想通り、ほんの少しの章しかできなかったが、著者の感情と完全に同化して音読できた貴重な学習であった。

  ♪♪♪ ここは石和温泉「富士温泉病院」 ♪♪♪
 ここの整形外科には三つのリハビリ室がある。1階には大きいPT (Physical Therapist = 理学療法士) 室、1階と2階にOT (Occupational Therapist = 作業療法士) 室。9時から17時まで、そこでは入院と外来の患者が、決められた時間に、それぞれの担当の先生の診療を受ける。午前と午後に分けていただいた二人の先生の診療は、私にはまさに極楽タイム。痺れの残る右足、後ろに回せない右腕、階段の下りが辛い膝、体全体の石のように硬い筋肉を、毎日魔法の手でほぐしてもらって、日を追うごとに楽になる。
 PT室には、各種電動の器具が備えられていて、自由に使うことができる。私はバイクを主に使った。最初の頃は膝が痛くてそろっと踏んでいたのに、次第に負荷をプラスして、30分こげるようになった。歩行ペダルを1日1000歩と決めて毎日踏んでいる方もおられた。他に私には使う必要のない機器や、大きなボール、ストレッチ・ポール、ヒートパック等が備わっていて、各自必要なトレーニングが自由にいつでもできるシステムである。
 また何しろここは温泉町なので、温泉プールがあり、毎日歩行と体操のクラスを受けた。リハビリの程度に応じて3つの時間帯が用意されている。水中仕様のノルディック・ポールを使って、前向き・後ろ向き・横向き歩行をし、先生の絶妙な号令に合わせて体操するのは本当に楽しかった。 
 私は院外リハビリが許された範囲で、ぶどう畑と桃の木畑道・鴨が群れている川沿いの道・松林と笛吹川沿いの道・夕日がきれいな畑道・駅まで安全な温泉さくら通りなど、独自の散歩コースをいくつも考えた。3000歩から10000歩くらいまで。富士登山をもう一度とまでは望まないが、以前のように歩くことが私の目標の一つなので、理学療法の先生から治療と共にアドバイスをもらって、自分の現在の力に相応した自主トレを楽しくできることがとてもありがたかった。今日のひとまずの最終回は、病院から駅まで、温泉桜通りをちょっと重いリュックをしょって9000歩以上、所要時間50分ぐらいなり。(つづく)


◎499 Au milieu du chemin de la vie … 人生の道の半ばにて(2019/03/07)

04/03/2019
 ◎494 から始まったアナトール・フランスの「献辞」読み終わりました。そこでお断りしたように、フランス語原文で、文字の上の斜めの点(アクサン・テギューやアクサン・グラヴ)、文字の上の帽子(アクサン・コンフレックス)等など、フランス語特有の文字は見事に化けるので、省いて英語のアルファベットにせざるを得ませんでした。全文を見返すと、これは実は大変気持ちが悪いものだと改めて悟っています。ポンプと書きたいのにホンフ、ドキドキはトキトキと書いているようなもんですから、作者にもフランス語を読まれる方にも申し訳ないことでした。でも他のサイトでもこの方法をとっておられますから、こうするしかないようです。
 
 人の世の道のなかばにて…
 ダンテが「神曲」の最初の讃歌をそれで始めるこの詩句が、今宵も心に浮かぶ。恐らく百度目でもあるであろう。しかし、しみじみと胸を打つのは初めてだ。A. フランス

 人の世の道のなかばはとうの昔に過ぎたけど・・・ 
 夜明けの空を染める曙色の雲と山なみを眺めながら覚えた「献辞」の一節が、しみじみと胸を打つ。明日ここを離れます。K.O   (つづく)

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