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風に乗って、面白い話題が飛んできます。〜色んな所〜色んな人から。はじめ時々〜後しばしば。

◎483 またまたイヴ・アンリリサイタル 2017.03 Paris(2017/03/21)

3月14日(火):20h、パリ、ゲーテ学院へ、クラシック連続演奏会『コンセール・レクテュール/サロンのピアノからオーケストラのピアノへ』を聴いた。舞台に《プティ・パトロン》と呼ばれる2mの長さのマホガニーの美しいピアノと現代のピアノ。曲目はアニエール市のコンサートの時と似通っていたが、タイトルが少し違う上、ゲーテ学院の連続講座の1回なので聴衆の雰囲気が明らかに違っていた。説明がより具体的で詳しくて面白かった。シューベルト、ショパン、シューマンをプレイエルで、シューマン/リスト「献呈」は両方のピアノで、それ以降はスタィンウエーで弾かれた。最終曲デュカ/イヴ・アンリ編曲『魔法使いの弟子』のあと、アンコールにプレイエルで「子守歌」を弾かれたときの会場の空気忘れられない。ピアニストご自身も感動を顔に出されていたのが後ろの席からもよく見えた。この日もピアニストと聴衆が舞台の上と下で芸術を共有し共に感動していることを実感した。


◎482 所変われば 3つのコンサート 2017 Paris(2017/03/10)

3月3日(木):Ensemble pizzicati Concert
♪ ギターとマンドリン 
『アンサンブル・ピジカッティ演奏会』♪
指揮:Cecile Duvot セシール・デュヴォー
Salle ROSSINI ロッシーニホール(パリ9区)

モーツァルトの序曲2曲の他は、桑原康夫:『秋の歌』、マンドリニストのDavid Laheurte:『Songe sur une cime(山の頂での夢想)』、『メキシコ組曲』など、ほとんど現代曲のコンサート。そういえば私はずいぶん昔、指揮者のセシール・デュヴォーさんが地方音楽院の学生だった頃に、その音楽院のマンドリンオーケストラでソロをなさった時に初めて桑原康夫作曲『秋の歌』を聴いて感動し、楽譜がドイツで出版されていることを知って注文したことを思い出した。今では日本で最も有名な曲の一つで多くの団体で弾かれているようだが、当時はあまり知られていなかった・・・。

とてもいい演奏だった。20代から熟年まで多くがアマチュアの人たちの中に、指揮者に誘われた音楽院の学生が演奏を引き締めていたり、3、4人の子供が混じって嬉しそうにマンドリンを弾いていたり、その上、顔色も多彩で国際色豊かなのが日本との大きなちがい。♪♪♪

3月4日(土):20h、パリ郊外の町アニエールの市庁舎にて、♪イヴ・アンリ<アルド・チッコリーニを偲ぶコンサート>♪ が催された。知らない町で問い合わせ先に席の予約とともに行き方を問い合わせたが、電話も通じずメールへの返事も届かなかった。結果的にはとても近い町だったが、着くまでに大分苦労。聞き方が悪くて危うくとても遠い町へ行きそうになったりと、久しぶりに以前はしょっちゅうあった一人旅の小さな冒険を味わった。でもここはフランス。いつものように、結局は親切な人に助けられて(今回は着いた駅の切符売り場のお兄さん)実は難なく行くよりよほどワクワク。無事に着いた、日本で言えば「市役所」の会場はまるでお城のような建物で、音楽会のある「Salon des Mariages」(婚礼の広間)は紛れなくお城の大広間。そういえばフランス人は教会で結婚式を挙げる人も多いが、市庁舎のこのサロンで結婚の宣誓をし結婚届けにサインをするのだった・・・。

主催のアニエール市の方、イタリア大使、チッコリーニの芸術家の友人のご挨拶の後音楽会が始まった。♪ シューベルト『即興曲D.899』の心にしみいる弱音から、最終曲デュカ/イヴ・アンリ編曲『魔法使いの弟子』の華やかで和音の重なった強くて速い超人的なパッセージまで8曲、各曲の間でチッコリーニさんの思い出や曲について短く語りながらのすごい演奏に拍手が止まなかった。3曲のアンコールの後はスタンディング・オベーションで、イヴ・アンリ先生は観客の頭の中に埋もれてしまわれた。芸術家と観客が一体となって感動を共有した素晴らしいフランスならではの演奏会だった。夜11時帰り道は幸せをかみしめながら迷いなく・・・。♪♪♪

3月8日(水):19h、パリ、サル・コルトーで、♪『ノアン フェスティバル ショパン2017』ランスモン(=売り出し・立ち上げ)・コンサート♪ 懐かしい顔にいっぱい出会い、心が弾んだ。夏の音楽祭出演者のなかで、主に若い音楽家が1曲ずつ演奏。イヴ・アンリ会長の暖かくて配慮深く楽しげな活躍は毎年の如くで尊敬を新たにした。今年のフェスティバルは、声楽や室内楽などピアノ以外のアーティストの演奏も多数プログラムに組まれているようだ。今日の来場者はチラシを受け取ったが、プログラムの一般公開は3月14日、同日からインターネット予約が開始されます。フェスティバルのサイトをご覧ください。乞うご期待! ♪♪♪


◎481 所変われば 2017 Paris(2017/03/10)

3月2日(木):近所のスーパーがビニールの袋をくれなくなってもう1年が過ぎた。野菜や果物の棚の横には丈夫な茶色の紙袋が置いてあってそれにいれてレジに持っていく。勿論エコバッグを持参。紙袋はたまるが生ゴミを出すときにはビニール袋(=sac en plastiqueプラスティック袋)が必要。困ってられたので今回我が家に眠っていたスーパーの袋を沢山持参した。いいことをしたのか、よくないことをしたのか・・・。一度目覚めたら徹底する(けれどどこか抜けている)フランス人気質が現れていて面白い。

エスカレーターは発達していないが、この頃やっと大きな駅には設置されている。日本では片側を歩く人用にあけるのがエチケットのようになっていて、東京なら右側にじっと立っているのは相当勇気がいる。左で立ちながら、せかせか走るように上下する人を見て、「そんなに元気なんだから階段を使えば?」と言いたくなることしばしば再々。(でもよう言わん!)。こちらでは2列に並んで乗ることが多い。一応立つのは右側となっているが右側に立ち止まっていても睨まれることはまずないのが嬉しい。こちらのエスカレーターは動く音が騒々しくてスピードがかなり速いのが多い。

◎480 所変わっても 日本の桜 2017 Paris(2017/03/01)

2月26日:朝6時頃からそろそろ明るくなり夕方6時はまだ明るい。こうして徐々に夜9時過ぎても昼のようなフランスに知らぬ間になっていくのだろう。近所の人が「トリニテ教会の前の公園にあなたの国の桜が咲いてるよ。きれいねえ。」と教えてくれた。行ってみると沢山植わっている中の1本の木に白色の桜の花が満開だった。よく通る所なのに桜だと気づかなかった。他の木にも白い桜かしらん?

トリニテ教会は、1861から1867年に建てられたネオ・クラシックの教会で、1869年カヴァイエ・コルがオルガン製作を完成。1931から逝去された1992年までオリヴィエ・メシアンがオルガニストを務めた。オルガンが奏される日には長い列ができいつも超満員だったらしい。友人もその中の一人だったと聞き、またもや良い悪いではなく、根本の所で音楽への関わり方、享受の仕方等々が日本人とはまるで違うんだと悟った。
 

◎479 所変われば 2017 Paris散歩(2017/02/27)
2月24日:1日目散歩:引越し好きのショパンは、1831年秋にパリに着いて1849年10月17日さよならするまでに、9回も家を変えた。1849年の夏、シャイヨー宮に4ヶ月ほど住んだ以外は、当時ヌーヴェル・アテネ(新アテネ)と呼ばれていた界隈にある。ギャラリー・ラファイエットから、モンマルトルの丘に上る中間点の閑静さと下町の商店の賑やかさが同居しているような地区で、ぶらぶら散歩が楽しいところ。

夕方6時頃<音楽散歩:ショパンのパリの住まい(6)>を通ったときちょうど扉が開き中が見えた。18世紀の建築様式でショパンの時代から変わっていないはず。途中に<カフェ・ブラブラ>という店がある。フランス語のブラブラは、<ぶらぶら歩く>ではなく、<ぶらぶら喋る>の意味だそう。日本語では<ペラペラ、べらべら>でしょうか。こちらの人は<シュワシュワ>喋ってる雰囲気だけど。とくに携帯で話すときの小さな声は感動的。電車の中で携帯を使うことを禁止するなんて考えたこともないと思います。

◎478 所変われば 2017 Paris(2017/02/27)

2月23日:大風でこんなに激しく揺れる飛行機に乗ったのは初めて・・・。キャーッと叫ぶ声が立ち上りまるで遊園地にいるようだった。隣に外国人が私より先に席についてられたので、「ボンジュール」と声をかけて席についた。挨拶だけ返されたあとはお互い無言。何がきっかけか思い出せないが、彼女が思い切ったように日本語で喋りかけてこられた。パリ行きの飛行機だからフランス人だと思い込んだ私が浅はかで、ウィーン大学で日本学を専攻しているオーストリア人の学生さんだった。私がフランス人にフランス語で話しかけるのを躊躇するのと同じで、彼女も日本人に日本語で喋るのは勇気がいったのだろう。

けれどさすが日本を研究している人だけあって、一旦話し始めたらきれいな日本語で話が尽きなかった。語学に関しては思うことが同じで、私がこの年で悟ったことをこの若さでわかられた彼女を本当に羨ましく思った。私の年に達したときには日本語も達者で偉大な日本通になっておられるだろう。10月から日本の大学に留学が決まっているという。期待を裏切らない大学生活でありますよう!

狭い座席での12時間は早く過ぎて無事にCDG空港へ降りた。オペラまで直行のバスに乗る。荷物を全て自分で運び入れ、安全に置ける場所を探すのが大変だがここはパリ。紳士が手伝ってくださる確率は非常に高い。今日もすっと手が伸びてきて、降りるときにも当然のように運んでもらえた。
メルシー、ムッシュー!

珍しく面白い体験はそうないかもしれないが、今回は旅日記を書こうかと・・・。(実はインフォメーションのページに写真を中心にと思っていたが、長い間ご無沙汰しているうちにバージョンが新しくなり思うようにできないので、とりあえず写真なしのこのページに)。

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