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風に乗って、面白い話題が飛んできます。〜色んな所〜色んな人から。はじめ時々〜後しばしば。

◎489 パリジェンヌの日本一人旅 2(2017/10/27)

10。東京では出光美術館へ一人で行き、何とか展を見ることができたと大変感激。次はAIDAへ連れて行ってと言われ、間=物と物の間?entre ? とか問答した挙句、彼女がノートで確かめてAIDA MITSUOと判明。何だ!相田みつを美術館。墨絵と書道をパリで習っているマリーには大変興味深い所だった。ひらがなの詩が多いから読むことができるし、大きな字の作品が多いので大変参考になったらしい。
11。そこから銀座鳩居堂へ。1階の一般的なグッズには目もくれずに2階へ。書道や日本画の道具類が並んでいて、たしなみのない私には縁遠く思われる世界ながら、日本語での会話には困らないから彼女が探していた物どもが次々に見つかり大興奮の買い物に付き合うのは本当に楽しかった。一人で買い物に来ておられたフランス人の男性を見つけると彼と情報交換。彼の要求通りの買い物もスムーズに運び、店員さんからえらく感謝された。私も知らなかった書道の道具の果てしなく深そうな世界を垣間見て楽しかった。
12。マリーはその後河口湖へ富士山を見にいき、松島に3泊ほどして東京に舞い戻り、最後の一日に鳩居堂にまた行って買い物をしたことを帰国後のメールで知った。日本滞在中に脚の小指を机の脚に引っ掛けて「痛い」と言いながらバンドエイドでしのいでいた怪我は、どうも軽症ではなかったようで、「サ・ヴァ!大丈夫よ!」のマリーの言葉をそのまま信じていて悪かったなと思っている。病院へ連れて行ったらよかった…。



◎488 パリジェンヌの日本一人旅(2017/10/25)

ずっとご無沙汰。8月下旬、暑い盛りの京都で2週間余りを過ごし、初めての日本一人旅のマリーさんが東京へ来られた。会うまでほとんど連絡を取り合っていなかったので少しドキドキしながら宿泊先のホテルへ行った。部屋からロビーに降りてこられて開口一番、「気に入った。京都大好き!」駅からホテルまでの道で2軒の良さげなレストランを見つけておいた。結果北海道直産のお酒や食事を提供している居酒屋に入った。大正解!京都では一人食なので食べなかったというものを中心に飲み食べ大喋り。覚えたての日本語で明るく店の人にも話しかけ、隣のテーブルの男グループのつい先日パリに行ってきた人と意気投合。見習わなきゃ!私もパリでこうしたらよかったんだ!

京都でマリーが気づいたこと:
1。 女の人が肌を黒い布で覆い日傘をさしてるのは日焼けしないため?白い肌てそんなに大事かなあ。
2。工事場で数人の人が通行人や車の安全のため見張りしているのってすごい!これは私もいつも感じていることで、フランスはほったらかし過ぎ、日本は過保護過ぎ。その上フランスの工事現場は日本よりずっと乱雑で汚いです。
3。桂離宮へはフランスから予約して大期待をして行ったのに、日本語の解説の人に従って進むしかない。日本人は文句も言わずぞろぞろと解説者の言われるままに、立ち止まったりせずに見学していることにびっくり。
4。熱いあるいは冷たいおしぼりが出るのがすごい。反面セルヴィエット(ナプキン)の用意がない店が多い。口を拭ったりできないし、膝にナプキンをかけられないのは落ち着かなかった。そう。フランスではどんな小さな店でもナプキンの用意はあるし、駅でサンドイッチなどを買ったら紙ナプキンを沢山くださるわ。
5。日本の方みんな親切だけど、手伝って欲しいと思う時手伝ってくれる男の人いないなあ。ほんまや。
6。夜の道路が暗いことに驚いた。これは意外な反応だと思ったがもしかすると京都は街中でも案外暗いのかもしれない。
7。どこでもトイレがきれいなことに感心。でも行列が長いのにもびっくり。個室の数が少ないね。
8。宅配便には本当に感激!おかげで小さなリュック一つで各都市を回れた。これだけは出発前にパリで会った時に懇切丁寧に教えた。最初は私の言う事がなかなか理解してもらえなかった。私もフランスでは絶対に成り立たない商売だと思うから彼女が想像できないのが当たり前だった。そして日本で恐る恐るケイコが言った通りに頼むと、スイスイ事が運ばれたものだから私いや日本への尊敬がいや増したわけ。宅配便は日本が誇ってよい仕事の最たるものです!【つづく】

マリーは3年後を目標に、京都で6ヶ月を過ごす人になるそうです!      


◎487 所変われば パリ(2017/07/08)
近くのスーパーに時々魚屋さんが出店していると聞いたのだけど、何曜日に来られるのか知らなかった。今日開店されていたのでやっと聞けました。「金・土に来ます」「ああ、良かったこれからはお魚が毎週食べられる」と喜んだのは束の間。「だけど来週からバカンスなので9月からまた来ます」「えっ?!長いのねえ」「ああ、そりゃあフランスだからねえ」当たり前のことなのでした。日本でそんなことをしたら、翌日から違う魚屋さんが開店するでしょうね。フランスはやはり個人の自由が何の遠慮もなく認められている国のようです!「Bonnes Vacances !」(楽しいバカンスを!)「Merci, madame」(ありがとうマダム!)でお別れ。

生鮭を買った後で、ギラギラ光って美味しそうな鱒が目に入り、調理したことないのに煮付けが食べたくなり買ってしまった。レシピを見たらあるある!母親直伝という方のレシピを参考に作りました。調味料で足らないのは味醂だけで日本酒と砂糖を多めにするといいのでなかなか美味しかった。そうそう。今回初めて電子レンジで2分チンご飯を採用。こちらのお米で少量を炊くよりどんなに美味しいか…。留学生の皆さんにオススメ。


◎486 所変われば パリ(2017/07/07)
いろいろすることがあり毎日机に向かっています。先日フランス人の友人宅へ夕食に招かれた。彼女の家はなんと私が2000年の1年間、語学学校に通うために勇気をふりしぼってパリに来た時住んでいたガンベッタ駅(20区)の近くで、地図を見るとすぐそばにrue de Japon(日本通り)がある!いつも歩いていた大通りを曲がるとその道なのに全く知らなかった!向かいの公園も素通りしていた。どうして気がつかなかったかなど考えるまでもなく、緊張で身を硬くして余裕なく過ごしていた当時の自分をありありと思い出した。

左岸にある学校へ直通バスの便でひたすら往復するだけのあの頃を思い出すと情けないというよりその純情さが我ながら愛おしい。日本人とはほとんど交流しなかったし語学学校ゆえクラスには当然フランス人はいないから、実のある会話や付き合いは皆無だった。メールの送信に高い電話代がかかったし、変圧器を設置して通信ができる状態にできただけでも表彰ものの時代…。久しぶりにメトロの駅に降りた時の言いようのない感慨は自分にしかわからないものだろう。

友人は7階のテラスにアントレの小皿の数々とシャンパンを冷やして待ってくれていた。テラスの前にはパリの街が広がる。興奮の一語!8時太陽の光がまだまぶしく日焼けが心配なくらい。10時半ごろエッフェル塔の光に気がついた。メトロに乗ったのは12時を過ぎていたと思う。ガラガラの車両に若い人たちの屈託ない笑い声が響いていた。

彼女は8月に日本へ一人旅で来られる。MUJI(日本の無印良品の店がパリに数軒ある)の小さなノートに旅の情報がぎっしり書かれている。書道を習いテラスで松の盆栽、竹と紅葉に似た木を垣根のように植えているフランス人の日本旅が夢のとおりに進むことを願う。

京都に長く滞在、広島・宮島に行き富士五湖・東京を経て松島に行き東京には合計3日しか滞在しないという。初日を東京にしてくれたらいっぱい教えてあげられたのにと思ったが、一人旅は邪魔しないほうがいいに決まってる。「フランス人は日本では人気があるからprofiterしてね!」と別れた。*profiter=日本語にするのが難しい言葉。辞書では「利用する・得をする」だが、フランス語では損得というよりもっと広く良い意味で使うことが多く好きな言葉です。「あなたの日本滞在を profiter して = 出会った日本人とともに大いに楽しんでね!」という感じでしょうか。


◎485 所変われば パリ(2017/06/23)

長らくご無沙汰。5月30日パリに着いた頃は涼しいを通り越して寒かったのに、昨日6月22日は38度の暑さ!パリの中心部ではほとんどのアパルトマンが古い建物にあるためクーラーを設置するのは難しいし美観的にもマッチしないので普通の人はまず使わない。日が差してくると窓とカーテンをぴっちり閉めて熱気が部屋に入るのを予防。暑いけれど外はもっと暑く家の中が涼しく感じられる。夜になると窓を開け放して外の冷気を取り込むのだけど、網戸なんてないから虫が入らないよう部屋の電気を消す。9時過ぎまでは日中の明るさなので平気だけど、机仕事をそれまでに終わりあとは暗い部屋でぼっとしたり散歩をするという東京では考えられない時間帯で生活しています。

◎483 またまたイヴ・アンリリサイタル 2017.03 Paris(2017/03/21)

3月14日(火):20h、パリ、ゲーテ学院へ、クラシック連続演奏会『コンセール・レクテュール/サロンのピアノからオーケストラのピアノへ』を聴いた。舞台に《プティ・パトロン》と呼ばれる2mの長さのマホガニーの美しいピアノと現代のピアノ。曲目はアニエール市のコンサートの時と似通っていたが、タイトルが少し違う上、ゲーテ学院の連続講座の1回なので聴衆の雰囲気が明らかに違っていた。説明がより具体的で詳しくて面白かった。シューベルト、ショパン、シューマンをプレイエルで、シューマン/リスト「献呈」は両方のピアノで、それ以降はスタィンウエーで弾かれた。最終曲デュカ/イヴ・アンリ編曲『魔法使いの弟子』のあと、アンコールにプレイエルで「子守歌」を弾かれたときの会場の空気忘れられない。ピアニストご自身も感動を顔に出されていたのが後ろの席からもよく見えた。この日もピアニストと聴衆が舞台の上と下で芸術を共有し共に感動していることを実感した。


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